かがり火を継いだ城の峯跡
どんな伝承か
乙坂今北町の山上には城台や櫓台とみられる平場が数箇所あり、その広さは三間四方から十間四方に及ぶ。『城蹟考』は時代も事績も不明としつつ、この地を通称「城の峯」と記す。伝えでは朝倉義景の家臣新左衛門の居所で、厨で焚かれるかがり火を受けてここでも火を上げ、さらに三峯城が応じて一乗谷へ急を知らせる見張りの場だったという。城は跡形もないが、上屋敷・殿後・城門・舞台・穴蔵といった字名が残り、耕地整理の際には土器や石臼、瓦の破片が多数掘り出された。
原典より
「乙坂今北町の山上に、三間四方から十間四方までの城台や櫓台の形跡が数箇所ある。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。