広野屋が出村屋になるまで
どんな伝承か
出村家はもと矢部を名のる朝倉家の家臣で、舟津神社の近くに住んでいた。戦に敗れて一度は大野へ落ちのびたが、家族の暮らしを立てるため北陸道沿いへ出し、宿屋を営ませる手はずを整えて去ったという。家族が街道に移ったころは野原にぽつんと建つ一軒家だったので、広野という屋号を名のった。墓石にもその字が刻まれている。のちに越後から移ってきた間部侯が家の前を通り、どこから来たのかと問うたので、東鯖江から出て来たと答えた。以来この一帯を出村と呼び、屋号も出村屋に改めたと伝わる。
原典より
出村家は、昔、舟津神社の近くに住居し、元の姓は矢部といって朝倉家の家臣であった。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。