役人を打ちすえた村々の踊り
どんな伝承か
年が明けた一月、それまで踊りのなかった北郷・西郷の末や、広野より北の村々で、休みなく踊る状態になった。三田藩は鎮静のため地廻り役人二人を差し向けたが、村人二百人余りが役人の手足を押さえて田の中へ引きずり込み、打ちすえてしまう。翌日には村人二人が牢に入れられ、ほかの村々からも一人、二人と入牢する者が出た。物価の高騰で貧しい層の暮らしが行き詰まり、藩も去就に迷って揺れていた最中のことで、民衆は権力に対して強い姿勢を見せたのだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。