兵庫津での神仏札降下と大規模な「ええじゃないか」踊り
どんな伝承か
尼崎・西宮、さらに灘目の村々から伝播した波は、十一月十五日に兵庫津にいたり、降札と踊りがあった。現在の神戸市兵庫区切戸町では「神符三百余種降下せりと騒ぎ」と記した文献もある。十五日ごろから神仏札・経文・金銭類が降り、降下のあった家では店先にこれを祀り、門先に笹を立てて注連縄を張った。老若男女を問わず踊りだし、町々の出し物である屋台や揃いの衣裳は京坂にまさるともいわれた。十二月十日ごろに出た「伊勢道中」では「おかげ参り」道中の仮装をし、大工町・新町の「岩戸うつし」などの出し物が評判をとった。年を越して一月二十七日には、南浜方宮前町の浜仲仕衆にお祓が降って踊りとなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。