伊勢皇太神宮・善光寺・牛頭天王・秋葉山などの神仏の札が次々と…
どんな伝承か
南箕輪の大泉村では、伊勢皇太神宮・善光寺・牛頭天王・秋葉山などの順で三十九枚の札が降った。ここでは二夜三日の祭礼を執り行い、囃し方の鳴り物入りで村々を練り歩いている。上伊那一帯では、九月下旬の赤須村・上穂村を皮切りに、高遠城下町・上新田村・木下村・松島町村・南小河内村など各地で降札と祝祭が続き、信濃でもっとも集中的に騒ぎが広がった地域となった。多くは藩や幕府の禁止令や規制によって静まっていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。