裏六甲に広がった降札と踊り
どんな伝承か
西宮の北にあたる摂津有馬郡の裏六甲では、十一月十日ごろから山口村や吉尾村にお祓が降り始めた。二、三日後には山口村で踊りが起こり、ええじゃないかの囃しも聞かれるようになる。十四日には在町の道場河原にも降り、十六日の夜から踊りが始まって山口村へ踊り込んだ。吉尾村にも参詣人が押し寄せ、騒ぎは裏六甲一帯へ広がる。やがて屋台が出て近村を巻き込み、節季も大晦日も正月も構わずに踊り続けたため、年末の勘定さえできない有様だったと記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。