笠岡の生首落下と倉敷降臨
どんな伝承か
竹原下市の頼平格の書状によれば、慶応四年正月八日、雪に大風の日、天より生首が落ちて笠岡の市中が騒いだという。倉敷から帰った弟子の話では、倉敷にも神札が降臨し、老若ともに大騒動になったと伝える。これは幕末に各地へ広がった「お札降り」「ええじゃないか」騒動の一環で、平格はお札降りの地域的な広がりと、それに伴う世直しの風聞を書き留めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史・20世紀後半(推定))
本書は広島県の幕末社会に発生した一連の集団的異常現象を記録した歴史資料である。1864年11月から1865年1月にかけて、尾道と竹原を中心に発生した「お札降り」現象と「ええじゃないか踊り」は、単なる超自然現象ではなく、飢饉による経済的窮迫と社会秩序の崩壊を背景とした民衆心理の集団的狂乱であった。尾道での空からの御札降下、竹原での諸神札降臨は、やがて集団仮装踊りへ転化し、最終的には翌月の打ちこわし暴動へと発展した。