生首の御降りの話
どんな伝承か
東が白んで間もない明け方、馬草部屋へ行った下女が驚き声を上げた。薄暗い部屋の藁の上に、人間の生首を見たのである。駆けつけた主人も上さんも覗き込んで、なるほど人間の首だと息を呑んだ。誰かが恨みを含み、この頃の「ええぢゃないか」に紛れて御降り代わりに生首を投げ込んだのだろうと思ったからである。と、切藁が鳴って生首が動き、こちらを向いた。上さんは顔を覆い下女は逃げたが、主人はそれが日頃出入りする棟梁の首だと気づいた。起き上がったのは胴も手足も揃った棟梁で、夜遅く戻り雨戸が開かないので藁をかぶって寝込んでいたのだった。
原典より
女の悲鳴はたいてい斯うだつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。