木津金比羅宮
どんな伝承か
ええじゃないかの騒ぎのさなか、誰からともなく所々の神社仏閣へ御蔭参り・御礼参りをしなければ罰が当たると言い始め、それが盛んに行われ出した。ことに勢見の金比羅宮に伊勢大神宮の大神が降臨されているといわれ、ほとんど阿波全体の人々が勢見へ勢見へと押し寄せた。次いで木津の金比羅宮・日和佐の薬王寺・剣山・箸蔵寺などへおびただしく参詣し、それに飽き足らず讃岐の金比羅宮や伊勢大神宮にまで乱舞しながら参向するに至ったという。
原典より
著名な神社佛閣へは何處といはず人々が競つて參詣したが、就中、金比羅と名のつく神社へは最も多く參拜したやうである。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。