御蔭參り拔參り變化説
どんな伝承か
幕末の『ええじゃないか』の起源をめぐる説のひとつに、これを御蔭参り・抜参りが変化したものとする見方がある。『市場町史』は編者の言として『後のええじゃないか踊は御蔭参りの一変したものと思う』と記すが、その理由は述べていない。著者は、御蔭参り・抜参り自体が踊りへ変化しやすい性質を帯びていたことを、明和八年や文政十三年の御蔭参りを描いた絵画や、群集が手をかざし袖を振って踊り進む記録などから補足し、この説には相当の根拠があると説いている。
原典より
第二の御蔭參り拔參りの変化せるものとする説は、「市場町史」に編者の言として「案ずるに後のええぢゃないか踊は御蔭參りの一変したものと思います」と記されてゐるが、その理由に就ては一言も述べられてゐないから、著者が些かそれを附…—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。