御子淵と下女淵
どんな伝承か
阿波郡市場町がまだ開けていないころ、日開谷村の伊賀木で開墾していた者たちに、下女を連れた高貴な女が讃岐への道を尋ねた。身なりや持物の見事さに悪心を起こした一人が、讃岐街道とは逆の根来谷への道を教え、こっそり後を追ってクワで二人を打ち殺し、衣類と持物を奪って死体を別々に谷川へ蹴込んだ。数年のうちに男の家にも部落にも凶事が続き、たえかねた男が懺悔したので、人々は氏神若宮神社の境内に御子神神社を建てて霊を鎮め、御子を投げ込んだところを御子淵、下女を投げ込んだところを下女淵と呼ぶようになったという。
原典より
* 井戸で消えた稚児は吉野川へ(板野郡板野町)* 魚の瀬池のドンガン(那賀郡那賀川町)* 馬の足にかみついたカッパ(阿波郡市場町)* 暗夜に洗たくする裸の娘(三好郡三好町)* 琴を奏でる姥ヶ原の怨霊(…—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・昭和(郷土採録/伝承は近世〜近代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・昭和(郷土採録/伝承は近世〜近代))
郷土民俗資料として、伝承の記録(肯定)と『そんなバカなことが』と否定する渡守の懐疑も取りこぼさず網羅した阿波怪談集。