御降りに關する騒擾に就いて
どんな伝承か
伊勢神宮への参詣はしばしば熱狂的な騒動を呼び、御蔭参り・抜参りと呼ばれた。虚空から御祓が降った、死人が下向した、夜のうちに杉が生えた、神仏が降臨したなどの噂が広まると、これらは大神宮の神異奇瑞とされ、参宮せねば神罰を蒙ると唱えられて人々は次々と伊勢へ群参した。家来は主人に、子は親に断りなく出立し、沿道の家々は宿や食物を惜しみなく施し、無一文の者まで参宮でき、女子供や仔牛・犬までが加わる前代未聞の混雑となった。江戸時代を通じ、御蔭参りは慶安・宝永・明和・文政・慶応の五度、著しい規模で起こったと伝えられる。
原典より
御神楽と櫻と赤心との日本人は宗敎的にも屡々熱狂した。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。