お札降り(尾道)
どんな伝承か
慶応三年(一八六七)十一月二十九日夜、尾道の秋田屋利八方に大神宮の御祓い札が降ったのを皮切りに、伊勢両宮や金毘羅宮など諸社の御札が町中の家々へ次々と降り始めたという。札の降った家では門に笹を立てて七五三を張り、酒を振る舞って人々をもてなし、およそ五、六百軒が「えいじゃないか」と歌い踊る騒ぎとなった。金銭が降ったとの噂も広まり、騒動は尾張城内や京・大坂にまで波及したと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史・20世紀後半(推定))
本書は広島県の幕末社会に発生した一連の集団的異常現象を記録した歴史資料である。1864年11月から1865年1月にかけて、尾道と竹原を中心に発生した「お札降り」現象と「ええじゃないか踊り」は、単なる超自然現象ではなく、飢饉による経済的窮迫と社会秩序の崩壊を背景とした民衆心理の集団的狂乱であった。尾道での空からの御札降下、竹原での諸神札降臨は、やがて集団仮装踊りへ転化し、最終的には翌月の打ちこわし暴動へと発展した。