笠岡の生首降り
どんな伝承か
慶応三年から四年にかけて、瀬戸内一帯ではお札が降る「ええじゃないか」の騒ぎが広がり、備前岡山や備中の倉敷・船穂・庭瀬・連島などへ次々と波及した。そうした中、備中の笠岡では天から生首が降ったといわれた。頼平格の書状を典拠とする記録で、井原では正月三日に「ええじゃないか踊り」があったとも伝えるが、笠岡の生首についてはこれ以上のことはわからないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。