井伊谷の裸乱舞と御宮参り
どんな伝承か
慶応三年八月下旬、浜名湖の北、浜松北方の姫街道沿いの気賀・金指、それに井伊谷・横尾・白岩の各村でお札降りが始まった。引佐郡井伊谷村八幡宮の神主山本金木の日記によれば、二十一日に気賀で三日騒ぎ、二十四日には御宮参りがあり、この晩に谷田半七方へ秋葉山の札が降ると、翌日村中が集まって祭り、酒を四斗余りも飲み、若者らは裸で村中の家々へ舞い込んで大騒ぎをした。二十六日には金指で狂言があり、同日井伊谷の陣屋へも降って三十日まで繰り出す騒ぎが続いた。この地方ではこの騒ぎを御かげ騒と記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。