神宮寺村・谷田半七方の秋葉札
どんな伝承か
遠江国引佐郡神宮寺村八幡宮の神官山本金木は、御札降りの様子を日記に書き残している。慶応三年八月二十四日の晩、谷田半七方へ秋葉札が降り、二十五日には村中が大騒ぎとなった。二十六日には陣屋にも御札が降り、二十八日に村々が押しかけたため、陣屋は期限付きで『三日騒ぎ』を許容し、三十日まで祭礼が続いた。九月一日には御宮参りをもって無事に騒ぎが終わったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。