「オクハサマガゴザッタ」のはやし歌
どんな伝承か
「オクハサマガゴザッタァ」というはやし歌は、慶応三年の「二夜三日正月」で歌われた「三百年は大豊年之古哥」にほかならない。明和の御鍬祭のころから各地で歌われ、遠江国周智郡水久保の「伊雑皇太神宮勧請記」は、この歌のいわれとして尾張国知多郡での奇瑞を記している。新居宿では「一束三把で五斗八升、搗いても剝いても五斗八升」と歌い、入野村にも似た文句が伝わる。慶応二年二月の三河岡崎領岩津村など九か村の御鍬百年祭でも「三百年之豊年シャ々々シャ」と歌われた。豊年を祝うこの歌は尾張・三河・遠江一帯に流行していた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。