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高砂の爺婆を演じた渡戸村の札祝い

所在地長野県上伊那郡辰野町大字上島渡戸
年代慶応三年(一八六七)秋
登場村役人、若者組
出典長野県史 通史編 第6巻

どんな伝承か

渡戸村に降った札は、伊勢皇太神宮、津島牛頭天王、不動明王のものが多かった。村ではこれを祝って、高砂の爺と婆に扮する演し物を仕立てている。隣の上島村では「くわんにんおどり」が出た。いずれも村役人や若者組が酒を出し、村共同体の祭りとして人びとが振る舞いに浮かれるかたちで、秩序を破るような動きは見られない。もっとも前年の慶応二年には、近くの横川村で貧しい者たちが米の値下げと御救い米を求め、一揆の寸前まで行っている。凶作を抜けて豊作が見込めたことが、この年の盛り上がりにつながった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

長野県史 通史編 第6巻(長野県史・昭和中期~後期(推定))

本書は慶応3年(1867年)7月から慶応4年(1868年)3月にかけて、信濃地方で発生した大規模な「お札降り」現象を記録した歴史文献である。三河渥美郡に始まった札降り現象は東海道沿いに伝播し、名古屋での流行を経て信濃各地に波及した。飯田、高遠、松本、諏訪などの城下町から農村部まで広範な地域で、神社のお札や御幣が降下したと報告され、各地で「豊年踊り」と称される大規模な祝祭が展開された。

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