足助の流行と仮装
どんな伝承か
三河の伊那街道沿いにある在郷町の足助では、慶応三年九月二十日ごろから流行状態になっていて、仮装もみえた。伊那街道沿いでは足助のつぎに明川が十月三日に降り、さらに十月二十一日には北設楽郡稲橋村で降札が始まっている。豊田市域では九月二十四日に碧海郡竹村へ脇村から二十か村もが集まって御札祭を行い、囃子を打ち神酒を出して献馬をしており、この地方の流行が在郷町から山間部の街道沿いへと及んでいったことがわかる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。