川崎・妙見町の狂乱祝宴
どんな伝承か
伊勢の川崎あたりや妙見町などでは、家々で酒を造り、亭主たちは商売は皆御下りがあるからと四、五日も休んで、ただ表を通る人にのますのを仕事にしていた。奉公人や娘・下女の類は昼夜鳴物などを打ちたたき、男女老若も町中を騒ぎまわった。その時のはやり歌を唄うばかりの大騒ぎで、面に白粉などをつけて男が女になり女が男になり、また顔に墨を塗って老母が娘になるなど、いろいろな化物の姿で大踊りをし、欲も得も忘れてええじゃないかと踊るばかりであった。両宮へは日々さまざまの姿で、あるいは揃いで参詣する者があり大賑わいであったと、内宮領中村の堀口芳兵衛は記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。