山田新町の惣参宮
どんな伝承か
慶応三年十月二十一日、外宮本宮のお祓が降ったという噂が山田新町に伝わると、二十四日には町中で遷宮の催しと同じ形式の参宮が行われた。十一月一日には再び「惣参宮」があり、二回目は小前も含め男は女に、女は男にと変装して繰り出した。参宮の途中には道化の出し物や銭まきも行われ、群衆の狂乱状態と共同体ぐるみの参詣が同時に存在していたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。