長田村の赤襦袢踊り
どんな伝承か
若江郡長田村では慶応三年十二月、皇太神宮・金仏如来・大黒天などの札が降り、村ではそれぞれ半日ずつ三日にわたって仕事を休み、老いも若きも踊って振る舞いを受けた。踊りは若い衆の集まりである若中が取り仕切り、彼らは赤い襦袢をまとって踊ったという。赤襦袢を着る風習は大坂の「ええじゃないか」の中でも南方の村ほど多く見られたとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。