七十を越えて赤衣緋袴を纏った教祖みきが
どんな伝承か
天理教祖中山みきは晩年、『御かぐら歌』(慶応三年)、『おふでさき』(明治二年〜十五年、三十一文字の和歌体千七百十一首)、『泥海古記』などを天啓のまにまに筆録した。親近した人の話によると、七十を越えても常に赤衣を纏い緋の袴をはいた教祖は、一日平均半紙一枚、多い時は三枚ほど『おふでさき』を書いた。筆を執るときは全く神憑り状態となり、目を閉じて自動的に書いたという。いつ神憑りがあるか自分でも分からないため、常に紙と筆を机上に備えていた。書く瞬間の彼女自身は無意識であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)