闘鶏の氷室と都祁の木簡
どんな伝承か
『日本書紀』の仁徳天皇六十二年の条には、大和の闘鶏に氷室があったと記されている。説話ではあるが、そこに書かれた構造から見て、書紀の成立以前に氷室が存在したことは疑いない。昭和の末には、奈良市二条大路南の長屋王の邸跡から、都祁氷室・都祁氷と書かれた木簡が掘り出された。闘鶏と都祁は同じ場所を指す別表記で、いまの天理市福住町のあたりにあたる。福住には現在も二十ほどの氷室の跡が残る。氷室は朝廷へ献じる氷を蓄える施設で、主水司が所管し、旧暦六月一日には氷を賜る儀式があって、その日を氷の朔日と呼んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)