炭窯にそのまま入る八瀬の窯風呂
どんな伝承か
八瀬は安土桃山から江戸にかけて、窯風呂の里として名を知られていた。黒木を焼いた炭窯から炭をかき出し、まだ焼けている床に濡れ筵を敷いて横になる蒸し風呂で、壁に触れれば火傷をするほど熱いため、初めのうちは着物のまま入るのが常だった。正徳の記録には竈風呂十六軒とあるが、これは客を取る店の数で、自家用の窯を持つ家はさらに多かったらしい。公家たちの保養地でもあり、山科言経の日記や、千利休が湯治に来たことを伝える茶杓の添状も残る。伝統の窯風呂は現在、八瀬近衛町の東家に一基だけ、高野川に面した茅葺きの覆い屋の中に保存されている。
原典より
いまも入浴できる重要文化財漂泊民の入浴法定住民も焼き石湯を沸かしていた第3章 山中深くで贋金をつくるある漂泊民一家との出会いキャバレー勤めから再婚へ帰郷と夫の急死夫の実家への旅—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)