中出に残る焼き石湯の風呂屋井戸
どんな伝承か
多気町色太の中出には、風呂屋井戸と呼ばれる焼き石湯の跡が残る。濁川の左岸の土手を直径二メートルばかりの円形に掘った穴で、上手と下手には幅十五センチほどの導水路が付いている。上の溝から水を引いて七、八十センチの深さに水を溜め、傍らで焚いた火で石を焼いてはそこへ投げ込み、湯にしたのだという。使い終えた水は下の溝から川へ落とした。管理する林家の当主林才一さんは、子どもの頭ほどの石を使ったという話を祖父から聞いていたが、自身は入ったことがない。昭和の初めには廃れていた。それでも中出には十六戸の風呂組が残り、いまは冠婚葬祭の単位として続いている。
原典より
第3章 山中深くで贋金をつくるある漂泊民一家との出会いキャバレー勤めから再婚へ帰郷と夫の急死夫の実家への旅贋金つくりの集団がいた「江戸川の社長さん」の出自—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)