中山家に滞在後
どんな伝承か
慶応元年十二月初旬から門人中山縫殿之助方に来泊していた幕末の万葉調歌人平賀元義は、同月二十七日に同家を出て、その夜は上道郡目黒村の神戸某の家に宿った。翌二十八日早朝に同家を辞去し、長岡村の門人前川清広の家へ赴く途中、長利の村はずれで急に卒中症を起こして路上に転倒し、そのまま坎坷不遇の六十六年の生涯を閉じた。急変を告げ知らせる人があったので中山縫殿之助は直ちに奔走して近在の平賀門人らを召集し、相談の結果、身寄りのない元義の遺体を大多羅の内、字大師にある中山本家の墓地の一隅に葬った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)