よしの生霊病・三祈家の大祈禱
どんな伝承か
万蔵の訴状によれば、西国巡礼の帰りに姉のよしが道連れの美青年と親しくなり、隠岐に来たら女房になろうと戯れに約束したことがあった。隠岐へ帰国して二年ばかり経つと、よしは血の道の病にとりつかれ、一向によくならず次第に衰弱していった。父の利平太が海前寺で占ってもらうと、約束を守られなかった男の生霊がよしの身に憑いて祟っているとの託宣であった。利平太はすぐ生霊排除の祈禱を頼み、さらに大祈禱や大神楽まで願ったが効き目がない。そこで別府村の宇野石見・宇野市区・祈家藤間の三人に頼み、二夜三日にわたる大祈禱をしてもらったところ、不思議とよしの病気は快方に向かい、家内一同大いに喜び合った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。