三庄屋に降った野村寺村の御祓
どんな伝承か
いまの舞鶴市域にあたる加佐郡野村寺村では、四月十九日に御祓が四か所へ降った。前庄屋の源右衛門には伊勢皇太神宮、惣左衛門には西宮大神宮、甚七と義平には河守外宮と氏神の札である。村は身分に応じて酒代を出し合って神酒を買い、二十二日には村をあげて酒宴を開き、日が暮れると若者中が「よいじゃないか」と囃しながら踊ったという。ところが翌日、庄屋は支配所へ呼び出されて始末書を取られる。五月になって、隣の高野由里村の武左衛門が御祓を撒いていたと白状し、庄屋の命で詫びてまわった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。