冠島・沓島開き
どんな伝承か
明治三十三年七月、神示によりナオは喜三郎らを従えて丹後半島沖の無人島・冠島に渡り、翌月には沓島にも参拝した。冠島の高所にある岩に小祠を建て国常立尊や竜宮の乙姫らを祀ったこの島開きは、悪神に押し込められていた国祖・艮の金神の経綸を明らかにする大本教義の最初の表明であったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。