京都嵯峨船形屋敷の怪現象と透視実験
どんな伝承か
京都の上嵯峨鳥居本小坂、亀山御陵のそばに船形屋敷と呼ばれる四百坪ほどの土地がある。昭和三年の暮れ、持ち主の染工業者花村萬壽治が家を建てて住むとすぐに重い脳病にかかり、翌年秋に借りて住んだ請負業者荒木某の老母も重い精神病になった。近所では化け物の障りがあると噂された。昭和五年一月七日、心霊治療家の薄出然道が頼まれて移り住むと、その夜と翌夜、庭の一角に白い光が漂うのを見た。薄出はその場所を垣で囲って人を入れず、三田光一に透視を頼んだ。屋敷の怪異は白狐の祟りだとも評判された。
原典より
夜中に薄出氏が不図目を覚まして庭の方を見ると、庭と言つても島の様な所――広さ十畳敷程の方形をした一定地に、白光が漂つて居たのである。—— 念寫-心靈寫眞(福来友吉氏) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念寫-心靈寫眞(福来友吉氏)
『念寫-心靈寫眞』は、ある書物の第二編第三章「念寫心靈寫眞」から、第六節「三田光一氏の念寫」を収めた抜粋である。透視能力者の三田光一が大正六年から昭和五年にかけて行った念写を、名古屋の県会議事堂、尼崎の実科高等女学校、日本地下水協会、京都嵯峨の公会堂などでの実験ごとに記す。立会人、乾板の扱い、現像の結果を順に挙げ、筆者自身の感想と考察を添える。