言霊学への開眼
どんな伝承か
十一歳のころから、喜三郎は祖母うのが教えてくれる言霊学にもつよい興味をもつようになった。言霊学は、言語には霊があり、ことばを発するとその霊力がはたらいてことばどおりの現象がもたらされるという原始宗教的観念を受けつぎ、音律・音韻に意味を求めて神・人・万物の声音を理解しようとする秘伝的な学問である。喜三郎は人気のない山や野原に出て、せいいっぱいの大声で「ア、オ、ウ、エ、イ」などと叫ぶようになり、人に見られて笑われたり狂人扱いされたりした。祖母の兄には『日本言霊学』の著述のある言霊学者・中村孝道がいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。