囲炉裏から救い出した茶縞の老人
どんな伝承か
喜三郎が五歳(六歳とも)のとき、家の囲炉裏に落ちたことがある。両親は野良へ出ており、耳の遠い祖母は家にいながら気づかなかった。そこへ茶縞の着物を着た老人が突然飛んできて、子どもを助け出したという。左腕には後年まで火傷の痕が残っていたから、落ちた事故そのものはあったのだろう。祖父が死んだときに着ていたのが茶縞だったことから、その老人は祖父の吉松に違いないということになった。幼い喜三郎はそう聞かされ、老人は仏壇から飛び出してきたのだと思い込んだ。七歳ごろまで、その老人が影のようについて回るので、家には祖父がいるものと信じていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。