祖父の霊に狂わされた放蕩者の孫
どんな伝承か
語り手の郷里の町に、江刺家昌庵という裕福な医師がいた。明治二十年ごろ、昌庵は二人の孫に財産を分け、兄の昌一に家業を継がせ、かわいがっていた弟の昌二には別宅を与えた。だが昌二は女と博打で財産を使い果たし、先祖伝来の品をもらって東京で売り払い、ついには祖父の印形を盗んで貸金を取り立て、老後の蓄えまで奪って妻と上京した。昌庵は看病する者もなく、貧しい町でのたれ死にした。明治三十四年の夏、東京の飯田町一丁目の下宿屋長陽館に移った昌二は、毎晩、祖父がそこに座っている、自分を責めて苦しめると叫んでおびえた。やがて腸チフスにかかり、夫婦とも十月中旬に相次いで死んだという。
原典より
サア れから昌二は毎度のやうに、それお前(細君の名)、お祖父さんが見られた—— 実説妖怪新百話 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
実説妖怪新百話
『実説妖怪新百話』は、著者名の記されない怪談集で、日露戦争の後に編まれたとみられる。本郷駒込曙町の世外庵に住む天保初年生まれの老翁の勧めで、門下生三十六人が籤で順番を決めて百物語の会を開き、自分の見聞や親・知人から聞いた話を語る趣向をとる。武家の妻の執念、化物屋敷、狐狸の化かし、前妻のたたり、漁師の幽霊の帰宅などを、会津・三河・東京・房州館山・野辺地・若狭小浜・盛岡などを舞台に題ごとに並べる。