近づくと消える壁の女の顔
どんな伝承か
夏の休暇に近県を旅した三人の学生が、大迫から土沢、岩谷堂を経て千厩へ入り、そこの古く大きな宿屋に泊まった。真夜中、便所に起きた一人が階段の二、三間手前で、痩せこけて色の青ざめた女がこちらを睨んで立っているのを見た。近づくと姿は薄くなって消え、そこはちょうど壁になっている場所だった。離れて見るとまた女が立ち、五、六尺まで近づくと何も見えず、触れても普通の壁と変わらない。三度試しても同じであった。黙って見ていると、あとから便所へ行った連れが悲鳴をあげ、廊下で気絶した。屋号と名は伏せられているが、千厩で化物宿屋と尋ねればすぐ分かるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
実説妖怪新百話
『実説妖怪新百話』は、著者名の記されない怪談集で、日露戦争の後に編まれたとみられる。本郷駒込曙町の世外庵に住む天保初年生まれの老翁の勧めで、門下生三十六人が籤で順番を決めて百物語の会を開き、自分の見聞や親・知人から聞いた話を語る趣向をとる。武家の妻の執念、化物屋敷、狐狸の化かし、前妻のたたり、漁師の幽霊の帰宅などを、会津・三河・東京・房州館山・野辺地・若狭小浜・盛岡などを舞台に題ごとに並べる。