夜ごと子牛がのしかかる園部の牧場
どんな伝承か
獣医を志した喜三郎は、園部で牧牛場を営む従兄の井上直吉のもとへ書生兼牧夫として住み込んだ。牧場は園部町美園の南陽寺の境内の一角にあり、搾乳から配達、掃除、会計までを引き受けて息つく暇もない毎日だった。園部へ来て間もないころ、疲れ切って夜に床へつくと、眠りに落ちたと思うたびに子牛がやって来て体の上に乗る。多いときは四頭も五頭も重なり、力任せに押しのけてようやく去っていく。子牛は柵で厳重に囲った小屋に入れてあるから、夜中に出てくるはずがない。恐ろしくなって起き出し、牛舎をのぞいてみても、子牛たちはいつもどおり眠っていた。喜三郎は心底から怖れを覚えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。