仮怪を開きて真怪に入る妖怪学講義
どんな伝承か
憑きものを告げられ、周囲から帰郷をせき立てられた喜三郎は、半信半疑のまま穴太へ戻る決心をした。そのころ新聞広告で見かけた井上円了の『妖怪学講義』を、東京から取り寄せて読んでいる。哲学館の分冊講義録だったが、いま自分が直面している問題の答えにはまったくならなかった。ただ、妖怪学は仮怪を開いて真怪に入るための門であり、これを目標として真理へ向かえば、やがて心の天に智光の日月を仰ぐことができる——という一節だけは強い印象を残したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。