従兄井上の神がかり帰郷督促
どんな伝承か
明治二十七年ごろ、園部の南陽寺の離れを借りて起居していた喜三郎は、獣医学の本を読んでいると行燈に白髪の老人の姿が映るのを見た。はっとして行燈を見ると老人は消え、本に目を移すとまた現れる。何ものかが自分につきまとって離れないのではないかと恐ろしくなり、船岡の妙霊教会で調べてもらうと、叔母が神がかりして、鬼門の金神と裏鬼門の池の祟りがその身につきまとっていると告げた。神がかりの素質があった従兄の井上もこのとき神がかりになり、獣医をやめてすぐ穴太へ帰れと激しく迫った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。