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神示を頼りに谷底へ落ちたマンガン探し

所在地京都府南丹市園部町船岡
年代1895年(明治28)頃
登場喜三郎、村上信夫、村上信夫、礦脈探しの仲間となった老人
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

園部から穴太へ戻った喜三郎は、鉱脈を探す山師が儲かると聞き込み、南桑田郡と船井郡の山を歩いてマンガン鉱をさがした。穴太の村上信夫という老人が仲間に加わり、二人で山野を踏査するうち、船岡にマンガンが出るという噂を耳にする。そこで船岡の妙霊教会の叔父に占ってもらうと、必ず出るという神示が下りた。勇み立って山へ分け入った二人だったが、そろって足を踏みはずして谷底へ落ち、けがを負った。結局は鉱脈に行き当たらず、この失敗はすぐさま穴太で話の種になって、喜三郎にはマンさんという渾名がついたという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))

村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。

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占い神示転落山師

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