トップ京都府の伝承亀岡市

人糞を教師に塗った少年喜三郎

所在地京都府亀岡市曽我部町穴太
年代明治期・喜三郎13歳
登場上田喜三郎、上田吉松、宇能、中村孝道、父、祖母、言霊学者・宇能の実家
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

上田喜三郎は貧農上田吉松の長男として生まれた。祖母の宇能は言霊学の中興といわれた中村孝道の家の出で、漆にかぶれて二年あまり寝たきりとなり十歳でようやく入学した喜三郎に、言霊学を熱心に教えこんだ。小学校に入って十三歳のとき、士族出身の担任教師から父をさげすまれ辛く当たられた喜三郎は、竹竿のさきに人糞をぬり、その教師を待ちぶせて衣服にこすりつけた。怒った教師は退校処分に持ちこんだが、校長は感ずるところがあったとみえてその教師をも免職にし、欠員の補充として退校したての生徒喜三郎を代用教員に採用した。喜三郎はしばらく豆教師を勤めたが長つづきせず、下男奉公や牛飼いへと職を転々とした。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))

加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。

種別から探す

逸話小学校言霊学

亀岡市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』の伝承