廃村の平らで沸かした野天風呂
どんな伝承か
北アルプスの陰にひろがる有峰の平らには、かつて人が暮らした廃墟が残っている。黒部の源流へ入る前の一日をここで休むことになり、釣り好きは岩魚を探しに出かけたが、著者は風呂を作ると言い出した。仲間三人は相手にしないので一人で取りかかり、小屋の隅から底の抜けた四角い箱を運び出し、トタンを張って隙間にぼろ布を詰め、石の上に据えて桶に仕立てた。藪から樋を渡し、ピッケルで百メートル先の水流まで溝を掘ること四時間、やがて泥水が垂れはじめ、しばらくすると澄んだ水になった。仲間も加わって下から焚火を燃やし、湯気の立つ風呂が沸いた。底が熱いので下駄を履いて入り、首だけ出して盆地を見まわしながら髭を剃ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊と雑誌の一篇「ワシは安禄山」を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。「自然界はもちつもたれつ」「酒」「山」「兄との交信」の四部に、チョウや小動物、山や湿原の探検、酒と温泉の話とともに、横尾谷の岩小屋の幽霊、釜石の幽霊、木曾御岳の人魂、呪い殺しの実験、雨やみの術など著者自身の怪異体験をつづる。あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。