百四十両を費やした石原村の降札
どんな伝承か
蒲生郡の石原村は、伊勢へ通じる御代参街道の宿場だった。十一月十九日、この村で問屋をつとめる図司七郎兵衛の家に皇太神宮の札が降る。家では祝いに訪れた者や若連中、下女にいたるまで振る舞いをし、米・酒・醤油・菓子の代金を締めると、百四十両を超える出費になっていたという。この一件は明治大学刑事博物館が所蔵する「石原村文書」に記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。