刈谷町の五十日間の騒ぎ
どんな伝承か
刈谷町では慶応三年九月十五日から十一月五日までの五十日間に百九十枚の御札が降った。秋葉山が最も多く、南無阿弥陀仏、天照皇太神宮、津島牛頭天王がこれに続いた。降札のあった者の多くは幕末期の町役人や地主といった「重立候者」で、夜の商売を休んだり酒食を振る舞ったりして、町をあげて長い期間にわたり騒ぎが続いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。