刈谷の家々表口裏口へお札落下
どんな伝承か
城下町であった刈谷には詳しい記録が伝わっている。町庄屋加藤新右衛門が奉行所へ提出した届書によれば、秋葉大権現の札が中町の加藤仲右衛門宅表口へ、疱瘡除の守札が本町の太田市衛門宅裏へ、不動明王の身影が本町半兵衛宅裏へ、秋葉大権現の札が末町の島津八兵衛宅と松兵衛宅の表口へ、多賀大明神の札が末町南平宅・市原町銀蔵宅・正木新町彦八宅の表口へ、二見興玉大神宮の札が肴町竹本要右衛門宅裏へ落ちていた。庄屋は九月十五日から七日七夜、釣提灯と笛太鼓で祝いたいと願い出た。多くの土地では屋根や庭に降ったのに、刈谷では表口裏口に落ちていた点が異例である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・昭和40年代(推定))
霊界からの賞罰覿面(日本神異見聞伝)/天狗・竜神の憑依と霊界通信/神霊による人生指導/神隠しと予言/各地の神異・霊異見聞