金庫を開けた幽霊
どんな伝承か
昭和十五年五月七日の午前十一時ごろ、西銀座にある通信社の事務所には会計係がひとり残っていた。ほかの社員は新聞社や得意先へ出払っている。帳簿に向かっていると背後を人が通る気配がし、顔を上げると、重い病で床に就いているはずの社長が金庫の前に立ち、慣れた手つきで符号を回して扉を開け、なかをのぞきこんでいた。思わず声を漏らすとその姿は煙のように消え、金庫の扉は閉じたままだった。二階へ呼びかけても返事はない。まもなく卓上電話が鳴り、社長がいま息を引き取ったと妻から告げられた。会計係は、社長がふだん着ていた鼠色の背広姿までありありと見たと語ったという。
原典より
* へんぼり勘兵衛* ■ 亡霊への科学:感覚の神秘、私の波論、精神電流反応、美女の嬌態、九種霊説* **第二篇 心霊現象*** 障子に触った話* インチキ幽霊* 妖精と火の玉* 第六感と判断法…—— 心霊の神秘(武久勇三・1949年(昭和24年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の神秘(武久勇三・1949年(昭和24年))
『心霊の神秘』は、武久勇三が一九四八年晩秋に序を書き、昭和二十四年に善隣出版社から千部限定で出した心霊現象の解説書である。近親の死に際して現れた幽霊や夢知らせなどの実例を、戦時中の出来事や知人から聞いた話、外国の研究記事から集め、頭脳の霊波による精神感応として説明を加える。話の人名はすべて仮名とことわる。後半の「第三篇 超心理学」では透視術・夢の原理・催眠術・読心術を説き、終わりに戦死の知らせの話と生命論を置く。