情死の夜に母と妹が聞いた汽車の音
どんな伝承か
大正の末年ごろ、長野県の大町に住む二十一歳の文学好きの美青年が、十九の芸者と深い仲になり、借金も重なって遂に二人で家出をした。実家では母と妹が眠らずに帰りを待っていたが、夜九時半ごろ、俄かに物凄い物音に震え上がった。音は屋根の上の煙出しのあたりをかすめ、汽車が驀進するように過ぎ去った。当時の大町にはまだ汽車も電車もなかった。二日ほど後に、ちょうどその夜その時刻、青年と芸者が舞子の浜附近で汽車に飛び込んで情死していたことが分かったという。
原典より
それはさながら汽車の驀進するような音で、それが漠然たる深い悲しみと、恐ろしさとをもつて聞えた。—— 心霊の神秘(武久勇三・1949年(昭和24年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の神秘(武久勇三・1949年(昭和24年))
『心霊の神秘』は、武久勇三が一九四八年晩秋に序を書き、昭和二十四年に善隣出版社から千部限定で出した心霊現象の解説書である。近親の死に際して現れた幽霊や夢知らせなどの実例を、戦時中の出来事や知人から聞いた話、外国の研究記事から集め、頭脳の霊波による精神感応として説明を加える。話の人名はすべて仮名とことわる。後半の「第三篇 超心理学」では透視術・夢の原理・催眠術・読心術を説き、終わりに戦死の知らせの話と生命論を置く。