風のない朝に揺れたかもじ
どんな伝承か
戦災前のこと。本郷三丁目の西山古美術店の主人西山勝五郎は、両親を亡くした姪の千代子を引き取って育てていた。十九の春、千代子は病がもとで腹膜炎を併発し、近くの病院に入院する。ある穏やかな朝、西山が茶の間で茶を口にして部屋の隅を見ると、商売物のかもじが天井から幾つも垂れている。風のない日なのに、そのうちの一つだけが妙な調子ですうっと三度ほど左右へ大きく揺れた。西山は病床の姪を思い、千代子が息を引き取ったらしいと妻に告げる。妻も同じことを感じ、あれは通りものだと思ったと答えた。ほどなく病院そばの支店の店員が駆け込んできて、千代子の死を伝えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の神秘(武久勇三・1949年(昭和24年))
『心霊の神秘』は、武久勇三が一九四八年晩秋に序を書き、昭和二十四年に善隣出版社から千部限定で出した心霊現象の解説書である。近親の死に際して現れた幽霊や夢知らせなどの実例を、戦時中の出来事や知人から聞いた話、外国の研究記事から集め、頭脳の霊波による精神感応として説明を加える。話の人名はすべて仮名とことわる。後半の「第三篇 超心理学」では透視術・夢の原理・催眠術・読心術を説き、終わりに戦死の知らせの話と生命論を置く。