戒重城の西阿の火の玉合戦
どんな伝承か
桜井市戒重では毎年旧七月一三日、あるいは三日のお盆の晩になると、近郷の村はみな早くから戸を閉めて休むことにしている。その夜は極楽寺の墓地にある西阿の墓から火の玉が上がって戒重の城の方へ向かい、戒重の城からも火の玉が現れて城を守り、二つの火の玉が盛んに戦い、家来の火の玉も両方から出て争うからである。南朝の忠臣西阿が戒重城に拠って敵を悩ましていたが、七月三日の夜に敗れて戦死した、その妄念による火の玉だといわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談集 幽霊篇(今野圓輔・今野圓輔・日本怪談集・昭和(怪談集成))
日本各地の幽霊・人魂・生霊の実話怪談を十章+幽霊外伝に分類して集成する。