大坂の豊年踊りと囃し唄
どんな伝承か
長州再征の中止後、米価が暴落したことを契機に、慶応三年六月、大坂で「豊年踊り」と呼ばれる俄躍りが流行した。京都の「豊年踊り」の系譜を引くこの踊りは、最初から「えいじゃないか」を間の手にしており、「長州のおかげで百にお米一升する、えいじゃないか」などと囃されながら、六月下旬には遠く美濃の大垣あたりまで伝播していったという。まだ「お札降り」を伴わない点で、後の「ええじゃないか」とは区別される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。