丹後算所村の踊り伝播記録
どんな伝承か
慶応元年五月に東播磨で流行した「稲荷踊り」の伝播経路について、丹後国与謝郡算所村の庄屋西村利左衛門が記録を残している。それによればこの踊りは、播磨国明石から姫路へ、さらに丹波路へと伝わっていったという。もっとも、すでにみた「豊年踊り」は稲荷社から発しているのだから、「稲荷踊り」と別に区別する必要はないのかもしれない。慶応三年六月の大坂の「豊年踊り」も、船場御霊稲荷への参詣者によってくりひろげられたものであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。